C.免疫学的測定法とは何か?
免疫学的測定法(Immunoassay)とは、強い親和性と良好な特異性を持つ抗体を結合試薬として利用した測定法です。
抗体とは何か?
抗体(antibody)は異物である抗原(antigen)が体内に入ることによって免疫反応を起こし、形成されるタンパク質で抗原と特異的に結合する性質を持つものの総称です。
抗体はタンパク質としてはイムノグロブリン(Ig)に属します。(抗体のほか、正常γグロブリン、骨髄腫タンパク質、J鎖等も含まれる)
イムノグロブリンにはG(IgG)、M(IgM)、A(IgA)、D(IgD)、E(IgE)、のクラスがあります。
IgGの基本構造:H鎖(MW 5-7万)とL鎖(2.3万)から構成されます。
基本的にはH鎖2本、L鎖2本からなります.
H鎖はクラスごとに特徴的構造を持ち、γ(IgG)、μ(IgM)、α(IgA)、δ(IgD)、ε(IgE)の5種があります。L鎖にもλ、κがあります。
定常部と可変部
可変部:H鎖、L鎖のN末端部分は同種動物の同一クラスでもアミノ酸配列が一定しない(VL、VH)・・・抗原との結合部
定常部:可変部以外の部分はクラスやサブクラスで一定したアミノ酸配列を持つ(CL、CH)
分子量はIgGで約15万、 IgA(基本構造の2量体+J鎖で約39万)、IgD(17-20万)、IgE(約19万) 、IgM(基本構造の5量体+J鎖で約90万)。
註)J鎖:IgA、IgMを構成するポリペプチド鎖、分子量1.5万。基本分子の重合体を形成するのに役立つ鎖。
抗原とは何か?
抗原とは、抗体を作る性質(immunogenicity)があり、かつ抗体と特異的に結合する性質(specific binding)を持つ物質を言います。
ハプテン:抗体とは結合するが抗体を作らないものです(小分子物質)。
モノクローナル抗体(単クローン性抗体)とポリクローナル抗体(多クローン性抗体)
通常の免疫法で作り出された抗体は、それを産生する細胞が全く同一ではないために、可変部の構造が一定していないので、抗原に対する認識場所や親和性などに多様性があり、そのような抗体の集合となっています。これをポリクローナル抗体と言っています。
ポリクローナル抗体は抗原のさまざまな場所に結合するため、抗原認識部位が特定できず、他の構造類似の抗原との結合の可能性もあって、特異性の面では難点があります。一方、見かけの親和性が高くなるというボーナス効果があり、抗原過剰領域では大分子集合体を形成することによって沈降反応を起します。
これに対して、単一クローンの抗体産生細胞が作り出す抗体は一次構造が均一であり、抗原を認識する場所が一定しています。したがって明確な特異性を持つ結合試薬として使用することが出来ます。ただし、抗体過剰領域でも沈降反応を起こしません。親和性も一般に高くありません。
抗体を作り出すには?
ポリクローナル抗体
抗体をつくるには、ある動物の抗原を異種動物に免疫補助剤と共に投与して免疫します。
ハプテン性の物質の場合には、高分子物質をキャリア(担体)として結合させ免疫します。抗原の一部のアミノ酸配列をキャリアに結合し免疫する場合もあります。
免疫法には、免疫補助剤(アジュバント)と共に皮内多数個所に繰り返し投与する方法や、リンパ節に直接投与する方法などがあります。
免疫を行うと、一次免疫応答(生体が初めて抗原に接した時の反応)では主としてIgMクラスが産生されます。
二次免疫応答(一次免疫応答の後、同じ抗原に再び接した時の反応。免疫記憶(註)が生じているため応答速度は速く、血中抗体価も著しく上昇する)では主としてIgGクラスが産生されます(クラススイッチといわれる)。
註:免疫記憶とは一次免疫によって寿命の長い特異的T及びB細胞クローンが増加することによる。
モノクローナル抗体
単一なクローンの抗体産生細胞を得るために、マウスなどをまず免疫し、その動物の脾臓から抗体産生細胞を取り出し、培養系に持ちこんで、骨髄腫細胞(ミエローマ細胞)と融合させてから、細胞(ハイブリドーマ)が1ウェル当り1個となるように希釈して培養を続け(クローン化)、培養液に分泌された抗体の性質を調べて望むような抗体を産生する細胞のみに絞り、増殖させ、マウスの腹腔内に移植して更に増殖させることにより腹水中に分泌された抗体を収穫します。腫瘍細胞の増殖性と抗体産生細胞の機能とを併せ持ったハイブリドーマ(雑種腫瘍細胞)を巧みに利用することで可能となったものです。
抗体をどう利用するのか?
免疫学的測定法では、抗体は特異性の高い結合試薬として使用します。抗体は一般的には単離・精製せずに抗血清のまま、あるいはIgG分画として使用します。
特異性が高いので敢えて精製する必要はあまりないのです。抗体は溶液状態で使用したり、あるいは試験管やウェルの表面に吸着させ(coating)、測定対象物質である抗原を捉えるもの(キャプチャー抗体、固相化抗体)として使用します。さらに非競合的測定系では酵素やビオチンなどで標識して、キャプチャー抗体に結合した抗原量を測定するのに用いられます。
免疫学的測定法の歴史
免疫学的結合反応、沈降反応などを利用して物質を測定する方法は古くからありました。
例えば単純には抗体価の測定法として抗体と抗原の溶液の界面における沈降反応を利用した方法や、寒天板での拡散沈降反応(オクタロニー・テスト)、半定量的には赤血球凝集反応とか、ラテックス凝集反応、補体結合反応などです。
定量性を特徴とする免疫学的測定法は、S. A. Berson とR. S. Yalowのラジオイムノアッセイ(Radioimmunoassay, RIA)に始まる。次の2論文がその殆ど全てを示しています。
1)Insulin-I131 metabolism in human subjects: Demonstration of insulin binding globulin in the circulation of insulin treated subject.
Berson, S. A., Yalow, R. S., Bauman, A.、 Rothchild, M. A. and Newerly, K.
J. Clin. Invest. 35, 170-190, 1956
糖尿病患者の血液中でインスリンが分解されることが糖尿病の原因ではないかという仮説を検討するために放射性ヨードでインスリンを標識して患者の血清とインキュベートすると、ろ紙電気泳動における標識インスリンの位置が移動することから始まって、インスリンと糖尿病患者の血中にあるインスリン抗体との結合を検討することになった論文です。
当時インスリンのようなホルモンには抗体はできないものであると考えられていたため表題のように「インスリン抗体」の代わりに「インスリン結合グロブリン」という表現をせざるを得なかったといういわく付きのものです。(糖尿病の患者は長期間のブタインスリンによる治療を受けていたため、インスリン抗体が出来ていたのです。)一定量の標識インスリンに患者の血清を加え、それに非標識のインスリンを加えると、抗体と結合する標識インスリンの量が非標識インスリンの量に応じて減少すると言う競合的結合原理をはじめて明らかにしたもので、これがRIAの確立につながった面白い逸話があります。
…we studied the metabolism of 131I-labeled insulin in diabetes and made the discovery that virtually all insulin-treated diabetics had insulin-binding antibodies.
Our attempts to disseminate this information may be of some interest. The first journal to which we submitted the paper rejected it after many months with a comment by a referee to the effect that everyone knows that insulin does not make antibodies. We were able, however, to present the work before the Society of Nuclear Medicine at its first annual meeting in Portland, Oregon in June, 1955. after which the Seattle group under Robert Williams provided confirmation. (Yalow の文章 In “Principles of Competitive Protein-Binding Assays”、 Ed. Odell & Daughaday, J.B.Lippincott Co., pp.1-21, 1971)
2)Quantitative aspects of the reaction between insulin and insulin-binding antibody.
Berson, S. A. and Yalow, R. S.
J. Clin. Invest. 38, 1996-2016, 1959
RIAを理論的に確立した論文です。
RIAはその後様々なホルモンに応用され、研究上はもとより臨床的にも広く使用されるようになりました。その理由は、RIAの測定感度が非常に良好で、それまで不可能であったホルモンの血中濃度を測定するのに適していたからです。このためRIAの利用は内分泌学の研究に飛躍的発展をもたらすと共に、臨床診断の面でも大きな貢献をすることになり、Yalowはノーベル賞を受賞しました。 臨床診断への応用は、企業的にも大きな興味を引き、様々な測定キットが売り出されるようになりました。RIAは、標識物質、結合試薬、測定原理を検討することで多くのヴァリエーションを生み出す可能性を持っていました。そのため、図2“RIAの発展”に示すように、今日の多用な測定法が考え出されたのです。
どのような種類の測定法があるのか?
測定原理による分類(図3)
●競合的結合原理によるもの(Competitive assays)
一定量(少量)の抗体に対して標識物質と非標識物質とが競合的に結合することを利用して測定します。反応系に標識抗原のみを加えれば抗体に結合する物はすべて標識抗原です。これに非標識抗原を加えるとその量に応じて抗体と結合する標識抗原の量は減少していきます。
●非競合的結合によるもの(Non-competitive assays)
固相化した充分量のキャプチャー抗体で測定対象物質を捉え、それを標識した抗体で認識させる、いわゆるサンドイッチ結合により測定するものです。
*測定原理と検量線(標準曲線、 Standard curve)
通常、測定の際には、標準物質を用いて検量線を描き、試料の反応結果を照合することで測定値を計算するのですが、検量線は測定原理によって異なる形をとります。
競合的測定原理による測定系の場合
この場合縦軸にはB/F、B/T、B/Bo などが使用されます。
F:ある濃度の標準品の存在下で遊離している標識物質
B:ある濃度の標準品の存在下で抗体と結合した標識物質
Bo:標準品が存在しない時に抗体と結合した標識物質
○横軸に標準品濃度をとった場合には、双曲線型となります。
(初期の頃用いられたもので、今日ではほとんど用いられない)
○横軸に標準品濃度の対数をとった場合には、逆シグモイド曲線型になります。
縦軸にB/BoのLogitをとった場合には右下がりの直線に近い検量線が得られます。(よく用いられる)
logit B/Bo = ln {(B/Bo)/(1-B/Bo)}
B/Boをパーセント表示した場合は、1の代わりに100を用います。
logit(B/Bo) = ln{(B/Bo)/(100-(B/Bo)}
非競合的結合原理による測定系の場合
○ELISAの場合横軸に標準品の濃度の対数、縦軸に吸光度(absorbance)をとると右上がりの緩い曲線が得られます。測定範囲を絞ると直線に近くなります。
○縦軸に吸光度の対数をとると直線に近いシグモイドカーブが得られます。
ELISAの検量線
検量線は縦軸に酵素反応の結果として生じる呈色の吸光度をとることになります。この際、吸光度の対数を使用すると緩いシグモイドカーブとなります。
反応系による分類
●均一系による測定(Homogeneous assays)
測定が終始溶液状態で行なわれる測定系を言います。
●不均一系による測定(Heterogeneous assays)
固相化された抗体などを用いて反応、洗浄が行なわれる測定系を言います。
動物種に関する分類
動物種が問題となるのは分子量の大きなタンパク質のような場合、アミノ酸配列に種特異性があり、抗体がそれを認識してしまうためです。ハプテン性の小分子物質の場合には(例えばcAMPとかステロイドホルモンなど)動物種による違いがないから問題を生じません。
●Homologous Assay:同じ動物種の測定系、例えばヒトの試料を、ヒトのインスリンを標準品として、ヒトのインスリンに対する抗体を使って測る系。
●Heterologous Assay:ある動物種のための測定系を別種の動物に使う。種特異性のために高分子物質の場合、成功しないことが多いが、種が近い場合には使用できることがある。例えばウシとヤギ、ラットとマウス(全て可能というわけではないが)サンドイッチ結合原理による測定の場合には競合的結合原理の場合よりも成功する率は高くなります。
●Hetero-antibody Assay:RIAのような競合的測定の場合、heterologous assayが成功しないとき、標識物質と標準品はhomologousなものを使用し、抗体はheterologousなものを高濃度で使用すると成功することが多いのです。
(Iwasawa,A.et al.Endocrinol.Japon 38,673-683,1991)
注意!:Homogeneous(均一の意味で用いる)
Homologous(動物種が同じであること)。
Heterogeneous(不均一)
Heterologous(動物種が異なること)
標識物質による分類(図5)
●放射性同位元素
使用される放射性同位元素(Radioisotope、RI)は感度の点から半減期の短いものが良く、125I(半減期60日)が最も良く使用されます。131I(半減期8日)も使用できますが、半減期が短かいため研究室での標識のみで、商業的には使用されません。ヨードは酸化すると親電子試薬としてタンパク質中のチロシンやヒスチジンと容易に結合するので、タンパク質の標識に便利です。トリチウム(3H)は合成の際分子内に組み込んで使用されるので小分子物質標識に向いています。半減期が12年と長いので出来るだけ多くのトリチウムを組み込んで測定感度が上がるようにする必要があります。
放射性同位元素を用いることの難点は、その使用がRI施設内に限定されていること、放射性廃棄物の処理に関する規則が厳しいことです。測定を行うことで受ける放射線の外部被爆は全く問題とするに足らぬ量です。半減期60日のヨード125は20ヶ月で1000分の1に減少するにもかかわらず、厳しい規制が行なわれています。
Radioimunoassay(RIA):RIで抗原を標識し、競合的結合原理を利用して測定を行う系です。
Immunoradiometric assay(IRMA):RIで抗体を標識したサンドイッチ結合原理により測定するものです。
ここではRIAに倣って競合的測定法にはIA、比競合的測定にはMAという接尾語をつけて統一しているが全てが合意されているわけではありません。
●酵素
酵素としては、β-グルクロニダーゼやペルオキシダーゼがよく用いられ、最終的には色原性基質(chromogenic substrate)を用いて発色に持って行き、比色定量します。蛍光を発するようになる基質(例えば4-メチル ウンベリフェニル β-D-ガラクトサイド、2-ニトロフェニル-β-D-ガラクトサイドなど)も蛍光測定が鋭敏なためよく用いられます。
酵素はその分子量が大きいことから、抗原抗体反応に影響の出る場合があります。しかし、成功した場合には放射性同位元素による測定よりも優れた感度を示します。
Enzyme immunoassay(EIA):酵素を利用した競合的結合原理による測定法です
Enzyme-linked immunosorbent assay(ELISA):ELISAは抗原を固相化して抗体を検出・測定するのにも用いられます。
●蛍光物質
Fluoroimmunoassay(FIA):紫外線を照射すると蛍光を発する物質つまり蛍光物質で標識した抗原を用いる競合測定で、最初に導入された蛍光物はFITC(fluorescein isothiocyanate)でした。Isothiocyanateの部分がタンパク質のアミノ基に結合します。照射すべき紫外線は励起光と呼ばれその波長は蛍光物質によって異なります。
Immunofluorometric assay(IFMA):抗体を蛍光物質で標識してサンドイッチ結合で測定するものです。
●ランタニド元素
Time-resolved fluoroimmunoassay (TR-FIA)
ランタニド(Lanthanides)は周期律表の欄外に別枠でまとめられている原子番号57から71までの元素のことです。これらの元素はある条件下で蛍光を発します。例えば、現在主として使用されている63番のユーロピウム(Eu)のキレートは励起光340nmを受けて615nmの蛍光を発します。両者の波長の差(ストークスシフト)が大きく、蛍光が長波長であることから励起光の影響を受けにくく、また蛍光寿命が非常に長いため、蛍光測定を励起光の照射後一定の時間が経ってから行うことで共存物質の蛍光が消滅してから測定することが出来ます。これを時間分解蛍光測定(time-resolved fluorometry)と言っており、TR-FIAの由来となっています。この測定法はDELFIA(Dissociation-enhanced lanthanide fluorometric immunoassay)とも呼ばれていますが、これは登録商標です。
タンパクラベル用のEu-キレート標識を行い、最終の蛍光測定には酸性下にEuをキレートから遊離させ、界面活性剤のミセルに包み込んで別途のキレートを形成させ、励起光を照射することで発光させます。「Dissociation-enhanced」の表現はこのことに由来しているのです。
●発光物質
Luminescence immunoassay:化学発光物質で標識する測定法で、ルミノールとかアクリジニウムエステルが使用されます。また生物発光に関係する物質で標識して酵素的生物発光に持ちこむもの、あるいは酵素で標識して化学発光物質となる基質を使う方法もあります。
●スピン試薬
Spin-immunoassay:ピペリジン-N-オキシド誘導体、ピロリヂン-N-オキシド誘導体、オキサゾリジン-N-オキシド誘導体のようなフリーラジカルで標識して、エレクトロン・スピン・レゾナンス(ESR、註)スペクトルの変化を指標として測定する方法です。
註)ESR:電子は1/2のスピンを持つため、これに磁場を掛けるとスピンは磁場に平行な状態と反平行な状態にわかれる。この二つの状態の差のエネルギーに相当するエネルギー量子をもつ電磁波を加えるとスピン状態の反転がおこる現象。フリーラジカルは奇数個の電子を持つので不対電子が存在し、正味の1/2のスピンを持つ。
その他標識物質としてはまだいろいろありますがここでは省略します。
