D.免疫学的測定(イムノアッセイ)は有用か?
1.特徴と問題点
免疫学的測定法は特異性の優れた、親和性の高い抗体を結合試薬として使用しているため、以下のような長所を持っています。
○測定感度が良好。
○測定対象物質に対する特異性が優れている。
○一般的に測定精度が高い。
○操作が簡単で費用が安い。
○一度に多数の試料を扱える。
●問題点
免疫学的測定法は、歴史的に生理活性物質の測定に使用されたことから始まり、身体成分、薬物やその代謝物、食品添加物や遺伝子操作農産物、環境汚染物質などに拡大されて行きました。
免疫学的測定法で最も問題となるのは、結合試薬として抗体を用いていることに由来する特異性の問題です。特に生理活性物質の場合、免疫学的測定法の測定結果が生理活性を反映しないことがあるという点です。何故でしょうか?
●抗原分子におけるantigenic determinant(抗体を作らせる部分、epitope)は生理活性を発現する部分bioactive site とは通常一致しません。Bioactive site とは、生理活性を持つ抗原が受容体と結合する場所や作用を発現する場所を指しています。
抗体は、免疫された動物が異物と認識する場所に対してつくられます。つまり、種特異性の高いところが認識されやすいのです。一方、生理活性はさまざまな動物種で共通していることが多く、生理活性発現部分は種特異性が低いところなのです。
例:インスリン
インスリンはプロインスリンという1本鎖のペプチドがジスルフィドボンドで折れ曲がり、中間部分が切り離されて出来るので、一見2本のペプチド鎖が結合して出来ているように見える。切り離される中間部分はコネクティング・ペプチド(CP)と呼ばれるが、CPのアミノ酸配列は動物種による違いが大きい。一方、インスリン本体の部分は種差がほとんど無い。インスリン本体に突然変異が起こるとその動物は生存できなくなる可能性が大きく、そのためインスリン本体のアミノ酸配列は進化の過程で保存され易くなる。哺乳類ではモルモットだけが他の動物のインスリンとかなり構造が異なっており、従ってインスリンの抗体はモルモットで作られることが多い。
●Antigenic determinant と bioactive site が異なると、どういうことになるのか?
測定対象物質が分子的にただ一種類しかなくて、標準品と測定試料中の物質とが同一の分子構造を持っている場合には全く問題は無いのですが、標準品と試料中の物質の分子構造が異なるような場合には問題を生じます。そのようなことが実際にあるでしょうか?
代謝的面から
生理活性物質の役目は、メッセージを標的器官の細胞に伝えることにあります。役目が済んだらメッセージはOFFされなければなりません。そこでbioactive siteが何らかの修飾を受けることが多いのです。その結果不活性化されたり、活性が変化したりします。一方、生理活性に関係の無いところは温存されるので、そのような様々な代謝物が血液中に存在することになります。もしも抗体がそのような代謝物とも結合してしまうとしたら、免疫学的測定法での測定値は生理活性のある本来の物質量を上回り、測定対象物質の生理活性を反映できないことになります。特に薬物などの場合にはこのようなことが起こる可能性が大きいのです。
分子多様性の面から
ある一つの生理活性を示す物質が、一つしかないとは限りません。
例:ステロイドホルモン
ステロイドホルモンはその生理活性から、アンドロゲン(男性ホルモン)、エストロゲン(卵胞ホルモン)、ゲスターゲン(黄体ホルモン)、グルココルチコイド(糖質副腎皮質ホルモン)、ミネラルコルチコイド(鉱質副腎皮質ホルモン)などに分類される。それぞれのグループには、構造がある程度共通して、強弱は異なるが同じ作用をもつステロイドがいくつかあります。この場合、免疫学的測定法は抗体の作成法を工夫することによって一つ一つのステロイドを区別して測定することもできるし、それが不可能な場合には、HPLCなどで分離した後測定に持って行くことも出来ます。
例:ペプチド、タンパク質
ペプチド性生理活性物質には、構造が類似しているが作用の異なる、あるいはある程度同じ作用のある、XXXファミリーといわれるグループがあります。
ペプチドやタンパク質ホルモンにはその生合成やプロセシング過程で分子的に多様性を生じることが多く、またもともと遺伝情報、すなわちDNAの段階から多種類の分子を生じる仕組みとなっているものもあります。
糖タンパク質には糖鎖配列の異なるものが多く存在します。これは糖鎖のプロセシング過程の途上にあるさまざまな前駆物質を反映しています。
このような場合、免疫学的測定法が生理活性を反映しないのはむしろ常識です。
2.免疫学的測定法のライバルは?
では、免疫学的測定法以外にどんな測定法があるのでしょうか?
一般的に測定法を大別すると、物理・化学的測定法、生物学的測定法(生物検定)があります。
物理・化学的測定法
混合物から目的とする物質を何らかの方法で単離あるいは他の物質を測りこまないような処理をくわえ、その後その物質の持つ特性を測定して定量する方法です。
免疫学的測定法はこのグループに属します。すなわち抗体との結合能を利用して他の物質を測りこまないようにし、標識物質の特性を利用して定量します。
機器分析で良く知られているHPLCは溶解性や吸着性を利用して他の物質から単離し、その物質の持つUV吸収から定量します。検出感度の改良により、機器分析も免疫学的測定法のライバルとなっています。更に免疫学的測定法と機器分析の組み合わせも有効です。
生物学的測定法(生物検定、Bioassay)
測定対象物質の持つ生理活性を利用して、生物(個体、組織、細胞)の反応を指標として定量します。生理活性を持つ物質に関しては、もっとも基本的な測定法と言えるでしょう。ホルモン研究の歴史からいえば、ホルモンの発見はホルモン産生器官を取り除いたときに起きる生体の障害と産生器官の抽出物投与による障害の阻止・回復に由来してきました。この点から動物の個体を用いた測定法がまず行われたのは当然でしょう。
個体を用いる測定(In vivo assay)の問題点
個体の反応には個体差が大きい。
→バラツキが大きい→測定値の信頼限界が広い→精度が悪い→多数の動物を必要とする。したがって、高価である。
生命倫理的にも問題。
その後、組織・細胞培養法が一般化するにつれて、培養組織、培養細胞を用いた生物学的測定法が生まれてきたのです。
培養組織、培養細胞を用いた測定法 (In vitro assay) の特徴と問題点
組織、特に細胞はプールすることで均一化(homogenize)することができる。→反応が均一になる→バラツキが小さくなる→精度が良好。
生体を有効に使用できる→最小限の個体数で測定できる。
場合によっては細胞のホモジネートが使用できる。
クローン化されたセルラインを使うことが出来る場合もある。
しかし、in vitroでの結果は必ずしも in vivo と一致しない(分子多様性のある場合)。
通常生理的に放出される生理活性物質の量は一過性に増大した後、不活性化や排泄によって減少します。 In vitro では反応期間中生理活性物質が培液中に存在する→測定感度が良くなるが、一方では生物学的な分子の安定性(生物学的半減期)という重要な因子の影響が無視される。
生物学的測定法間でも測定値の違いがある
ひとつのホルモンの生物学的測定に用いられる生体反応はひとつとは限りません。例えば、黄体形成ホルモン(LH)の場合には、 in vivo assay では、雄ラットの前立腺腹葉重量法(ventral prostate weight assay、 VPW)、雌ラットまたはマウスでの卵巣アスコルビン酸減少法(ovarian ascorbic acid depletion test、 OAAD)、in vitro assay では雄ラット精巣の間質細胞(Leydig cell)を使ったテストステロン産生法などがあります。LHには分子多様性があるため、これらの測定法で測定した結果は必ずしも一致しないのです。
HCGの測定例(Van Hall et al. Endocrinology 88, 456, 1971)
HCGの糖鎖についているシアル酸は生理活性の発現に重要な影響を与えます。そこで、シアル酸を部分的に取り去ったHCGを作り、様々な測定法で活性を検討した結果は次の表のようなものでした。
OAAD法は投与後約2時間で結果を判定する方法で、VPWは3日間の投与で4日目に判定します(精巣に働いてアンドロゲン産生を起こし、そのアンドロゲンが前立腺を肥大させる)。脱シアル酸の影響は、生理活性の発現に時間の掛かる測定法の場合に、より大きな影響が出ることがわかります。一方、RIAでは脱シアル酸の影響は無いといってよい、つまり、抗体の認識部位ではないのです。
このように、生物学的測定法自体にも測定値の不一致という問題は付きまとっているのです。
重要なことは、それぞれの測定法が何を測定しているのかを十分に理解した上で測定値を分析、判定することなのです。
測定値を盲信せず、常に反省しつつ仕事を進めて行きたいものであります。(以 上)