III.測定試料の取り扱いについて

1.測定試料の採取について
マウスからの採血について

全採血
 頚静脈または頚動脈採血: 麻酔したマウスを背位に保ち,頚部をアルコール綿で払拭し,鎖骨上部の皮膚を切り取り,皮下組織を左右に分けて行くと鎖骨の上部,気管の左右に頚静脈が見えます.またその深部に神経と並行して走る頚動脈が見えます.動脈または静脈,または双方をピンセットですくい上げ,鋏で切断してあふれ出てくる血液を試験管に受けるか注射筒で吸引します.
 股静脈または股静脈採血: マウスを麻酔して背位に保ち,鼠径部の皮膚を切開すると股静脈と股動脈が目視できます.切開部位の皮膚を袋状にして動・静脈を切断すると血液が袋状のところに溜まるので,それを注射筒で吸い取ります.
 心臓採血:深麻酔したマウスを背位に保ち, 胸部を切開した後,注射針(出来れば静脈針)をつけた注射筒で心臓から採血します. 慣れれば切開なしで心臓採血できます.
部分採血
 必要とする血液量が少量である場合にはヘマトクリット管が役に立ちます. ヘパリンで前処理しておくことも多く行われます.
尾静脈または尾動脈採血: 静脈注射の要領で尾静脈に注射針を刺し,すぐに抜いてもれ出てくる血液をヘマトクリット管で吸い取ります.
尾動脈からの採血には,尾部をアルコール綿で拭き,はさみで先端部を切断し,滴下してくる血液を試験管で受けます.その後指で圧迫しながら熱したスパーテルを当てて止血します.

ラットからの連続採血法
 ラットをエーテル麻酔し,プラスチックチューブを頚静脈に挿入(直接に挿入せず,頚静脈が筋肉の下に潜り込むあたりで筋肉層を通して挿入)して心房まで到達させ,チューブを固定し,チューブを首の後ろから体外に出して栓をしておきます. 翌日以降実験を行います. 採血に際してはその出口に長いチューブを接続し,スイベルでラットの動きに合わせて上下させるようにし,必要量の血液をハミルトンシリンジを使って抜き取ります.

高濃度試料の希釈
 濃度が高く,検量線を外れる場合には試料をアッセイバッファーで希釈して下さい.

培養細胞中のインスリンを測定するには
 培養した細胞を洗浄後,適当量の酸・エタノール溶液(7.5mlの塩酸と370mlの95%エタノールの混合液)でホモゲナイズ,4℃で数時間放置して下さい.放置後遠心分離し,得られた上清を6Mのアンモニアで中和にします.再度遠心分離して,上清を測定サンプルとして下さい.インスリン濃度により適宜希釈してください.必ず細胞を入れない培養液コントロールを測定して下さい。
(培養液中にインスリンなどが入っている場合があります)

2.抗凝固剤について

血漿を得るための抗凝固剤の使用について
 必ずしも血漿でなくても血清のままで測定できますが,血漿にしたい場合には最終濃度としてヘパリン10μg/ml(=1.2U/ml)~100μg/ml,EDTA-2Na=1~1.5mg/ml(EDTA-2Ka=1.1~1.7mg/ml),もしくはクエン酸0.8~1.0%になるように採血して下さい.
 抗凝固剤を加えることにより, 測定に対して多少の影響がでることがあります.
 当社でそれらの影響について検討した結果を下に示しますので参考にして下さい.
 ラットインスリン測定系ではほとんど影響はないと考えても良いでしょう.
 いずれにしても,抗凝固剤の使用に関しては,すべての測定試料に同じ処理を行うことが肝心です.絶対値に多少の影響があっても,処理が同じなら相対的測定値は変わらないからです.
 抗凝固剤としてNaFの入っている採血管は好ましくありません.洗浄したあとでも多少残っているフッ素イオンが酵素活性を抑制する結果,低値になる可能性があります.
 ヘパリンを使用して血漿を採取し冷凍保存して,使用時融解した場合,必ずフィブリンのもやもやが生じます.そのまま試料を採取するとピペットチップの先端に引っかかり正確な液量が取れない原因になります.融解後はヴォルテックス撹拌してから遠沈するとフィブリンが塊となりますので,細い針金や注射針の先をカギ状に曲げたもので引っ掛け吊り上げて除去してください.

抗凝固剤の影響(ラットインスリンELISAキットの場合)

3.インスリンの安定性と分解酵素阻害剤
血液中でのインスリンの安定性
 血液中にはインスリナーゼやその他の蛋白物質分解酵素が含まれています.そこで採血した血清・血漿は出来るだけ速やかに測定して下さい.検体によっては室温で保存することによりインスリン濃度が低下します.検体は数時間の保存であれば4℃で,それ以上の場合-35℃以下で冷凍(長期保存には-80℃)することが望ましいのです.
試料中のインスリンの分解が心配な方に
 例えば試料採取後直ちに測定できず,冷蔵庫などに保管する場合
インスリン分解酵素阻害剤として,アプロチニンを最終濃度100~500KIU/ml となるように加えて下さい.
アプロチニンの別単位,TIUは,1 TIU = ほぼ 900KIUです.
(KIU: Kallikrein inhibitor unit, TIU: Trypsin inhibitor unit)

4.溶血の影響
n=5で実施,表中,上段はインスリン測定値,下段は溶血のないときを100%とした相対値です.

上記のようにヘモグロビン濃度が40mg/dl程度の溶血では測定値は低めに出ます.
溶血度と血清の呈色の目安です.

採血には十分ご注意ください.

特にマウスの場合採血に際して溶血しやすいので要注意です!

5. Insulin測定データ
 実際に実験動物で血中インスリンを測定した場合に,正常値としてどのくらいのレベルが得られるものなのか,というご質問を多く受けます.
  そこで当社で実際に測定した結果や,共同研究という形で外部の方にご協力願った結果をご参考までに以下に提示させていただきます.

a. レビスインスリン マウス(Uタイプ)による絶食マウス検体測定例

b. ラットインスリン測定データ

ラットインスリンに関しては当社とSRL社とが共同して当社の測定キットのアッセイ・ヴァリデーションを行った下記の論文に記載された正常ラット血清インスリン濃度の分布及び市販ELISA法キットとの相関に関するデータを以下に示します.
    「ラットインスリンの高感度迅速ELISAキットの開発」
      岸野 智英子,小島 正章,久保田 徹,日比 望
      1(株)シバヤギ 2(株)エスアールエル
      第44回日本実験動物学会総会 講演要旨集,p175, 1997

目的
インスリンの血中濃度の測定は糖尿病などの糖代謝障害の病態生理の解明に重要です。そのためラット等の小動物を用いたモデル研究が盛んに行われています。我々は、ラットインスリンに対するモノクローナル抗体を用い、微量の試料で、かつ短時間で測定が終了するラットインスリン測定キットの開発を行いました。
操作手順
本キットの操作手順をここに示します。モノクローナル抗体を固相化したプレートを洗浄後、ビオチン標識した別のモノクローナル抗体を100μl分注し、次に標準品、あるいは検体を10μl分注し、室温で2時間1次反応を行います。プレートを洗浄後、ペルオキシダーゼ標識ストレプトアビジンを添加し、30分間反応させます。プレートを洗浄後、発色液を加え30分間発色反応を行います。反応停止液を加え、反応停止後、492nmのO.D.値の測定を行います。
[中 略]
     正常ラット血清中のインスリン濃度(図4)
正常ラット血清中のインスリン濃度は、このようになりました。週齢を重ねることによりインスリン濃度の増加する傾向がみられました。種ごとのインスリン分布を示したものが、図.4になります。

 正常ラット血清インスリン濃度の分布及び市販ELISA法キットとの相関 (図5)
市販ELISA法キットとの相関は、図5のように良好な結果が得られました。また、本キットでRIAキットに広く使用されているINCSTAR社ラットインスリン標準品を測定しますと、表示値と同じ値が得られました。